ラボログ

2015/5

体験パラダイス その②

昨日の「清流座禅」に続き、本日は「猟師体験」・・

といっても、いかつい大男がやってくるわけではない。たいへん知的な女性お二人が、郷土の里山が荒れるのを見かね、生きものの命を慈しみながら多様な「ワナ」の仕掛け方を、師匠である“山の長老”から手ほどきを受け、女猟師として活動されている。

お二人の、山に分け入るお姿と恵みである山幸たち・・猪や鹿にたいするおもいが、なんとも豊かな「里の旅」そのもののように感じ、無理をお願いし、猟師体験と相成りました。

お二人は山幸たちをシッカリ出荷し、命の循環を見届けることに対しても責任を持ってのぞまれている。が、私たちが体験するのは、女猟師さんから猟のお話を聞き、ワナについてのレクチャーを受け、そのあと実際に山に分け入り、ワナの仕掛けを実体験する、そこまで。

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ただし、すでにワナを仕掛けてある「その場所」もめぐるので、ほんとうに山幸たちと出会うこともある・・そんな時、都市生活者のあなたならどうする? ボクは腰を抜かしてしまいましたが・・

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体験パラダイス その①

「しずかさや岩にしみいる蝉の声」・・松尾芭蕉が元禄2(1689)年5月27日、出羽国(現在の山形市)の立石寺(りっしゃくじ)に参詣した際に詠んだとされる、究極の一句。本当の所は解釈でいろいろ議論があるらしいが、まぁ、ここではそれには触れず・・

その同じ日に、これ!!

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しずかさや清流座禅の若者よ・・詠み人知らず・・

ロッジきよかわに近い臨済宗(禅宗)の和尚さんが「いいよ」と言ってくださったので、7/25開業後、早朝のひと時、こんな風情を体験プログラムに取り入れようと考えたのであります。

和尚さん曰く、「立石寺は山中。豊後大野では清流の前。面白いことです。やりましょう!」と。

おっしゃれ~

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キシラデコール(浸透性の外壁塗装剤)

この名前をはじめて聞いたのはもうずいぶん昔のことで、日本ペンション界の草分け、鳥取県大山(だいせん)の沖村ペンションのオーナーから。氏は大工仕事と、まき割りと、ペンキ塗りが得意で、昭和51(1976)年完成のログ製ペンションを、オフシーズンにせっせ・せっせといつもメンテナンスしていた。

特に高所作業を伴う外壁のキシラデコール塗りは神業で、足場なしで全てを塗りきるその様は(この頃に完成したログ製のペンションはかなり大きな建物で、階高も相当なモノ)ちょっと神々しい感じさえ漂わし、プロも顔負けだった。

5年に一度はこのキシラデコールで外壁塗装を繰り返していたから、建築後40年の時が経過した今も、この木造建築は、まったくどこも傷んでいない。ただし、氏は3年前に引退し息子さんに経営を託され、いまはその近所で、これまたキシラデコール塗りの、外壁がかっこいい新築平屋で過ごされている。

改装工事後きょうはじめて、一番奥の棟にキシラデコールが丁寧に塗り込まれた。

痛んでいた外壁ではあるが、今後メンテナンスを繰り返せば、沖村ペンションのように末永く維持できると思う。

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手前は塗装前、向う側が塗り込み後。なんだかうれしくなってきた!

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現代アートは疲れます

何年間もメンテナンスしていなかった施設は、自然が「素の環境」に引き寄せようとする。大木が覆いかぶさっていた屋根には苔が生え、屋根そのものがボロボロに。で、苔を落とし、腐った屋根材を取り払わねばならない。

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豊後大野を代表する9万年前の地層「柱状節理」も竹で覆いつくされ何層も何層も網目のように竹が重なり汚くってどうにもならん!

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屋根はプロにお任せするしかないが、竹の排除勧告ならボクたちでも・・ということでやりました・・で、取り除いたところで、その跡を見てなんとなく感動!?

現代アートのまね事をやってみました。竹の現代アートといえば、小豆島・こまめ食堂・立花律子さんがいる「中山の棚田」における瀬戸内国際芸術祭の台湾人アーティストのものがあまりにも有名・・

が、こちらは詠み人知らず・・

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手前に見えるのは屋根に生えていた苔を再利用、木の根元に並べました。その向こうが柱状節理を覆い隠していた竹を取り除き、一旦、整列させたところ。その途中、桜の木の陰で赤い服を着た人影・・さて?

一応、ぜ~んぶどけたところがコレ。

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現代アートに疲れた一日となりました。

アートピクニック

瀬戸内国際芸術祭・・知人の北川フラムさんがコンテンポラリーなアートで島々の再生を、と、手がけた瀬戸内全体を舞台とした参加型の大きな仕掛けは、こんにちでは、その個々が“可能性の小舟”を、それぞれのスタンスで漕ぎ出すに至っている。

氏が代官山で手がけた様々なコンテンポラリーな仕掛けは、バブル期のファーレ立川や、氏の故郷である新潟で、その志が見事に花開いたが、その先駆的な構成の妙は、いまも衰えを知らない。

行政主導の参加型アートの試みが、いまいちパッとしないのは、この種のものに「先が見えないことによる美」が否応なしに存在することに起因するが、氏がバングラデシュとの試みの中で構成しようとする稀有壮大なアートの構成は、限りなくデカク、“政治銘柄”そのもので、「行政と政治」「政治とアート」の相関が、見事な三色旗をなびかせもする。

豊後大野・朝地地区の山中に突如現れる朝倉文夫記念館は、ひょっとすれば谷中の朝倉彫塑館を例えに引き、「あの朝倉文夫」といった方が有名かもしれない。しかし、朝地の朝倉文夫記念館と出会ったときの感動は、何と表現すれば良いか・・言葉に詰まってしまうほどの大きさがある。とにかく、意外な出会いなのだ。

私たちはいま、「里の旅アートピクニック」と命名し、この記念館をも「ピクニックコース」に組み込んだ「歩く旅の仕掛け」を構成中である。

東洋のロダンと並び称された朝倉文夫はプロデューサーではなく、彫塑家であったわけだが、この広大な庭園と、そこ、ここに、メッセージ性を込め朝倉文夫に抱かれたように横たわる「現代アート作品群」を見ていると、ふと、瀬戸芸を超えた、朝倉文夫の先進世界が垣間見えたような気がして、未来を感じ、心の中から歓声が沸き立ってくるのである。

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